映画の機能と表層 「赤い影」をこれまたDVDで。

自動車は非常に高額である。新車だろうと中古車だろうと、普通は車のように絶対的に高額な買い物をする場合はそうとうの緊張感をもって適切で間違いのない買い物をしようとする。
そんな究極的な選択を迫られると、人は自分の持ついろんな側面から無意識のうちに優先事項を決定して行く。哲学者のサルトルは、葛藤がはじまった時点でその人の回答はあらかじめ決められている、というようなことを言っていた。さんざん悩んでも、凡庸な人間は凡庸な車を選ぶ。
数年前に生まれて初めて新車を買ってしまった。その時気がついたのだが、どうやらボクの車に対する優先事項はその外観にあるようだ。その車を形作る「サーフェース」としての直線なり曲面なりに評価基準があった。要は、かっこよければなんでもいいのだ。
ただし、ここが重要なのだが、ただしその車がもつ内部の機能が外側にあらわれた表層においてのみ、外観を重要事項としてみることができる、という条件がつく。建築でいうと、ルイス・サリバンのいう「Form Follows Function」のことになるのだろう。
なにげなく現代を生きている人は、ほとんどすべて実のところモダニズム信奉者だ。だからサリバンのアフォリズムは、おおかたの人が納得する内容だろうし、装飾のための装飾を好む現代人は少ないと思う。機能のない出っぱりや見せかけだけの空力を尊ぶ人はすくないだろうし、三菱のGTOみたいに穴の空いていないエアインテークの造形にたいして、笑う人はいても賞賛する人はほとんどいないだろう。

「赤い影」をDVDで鑑賞。「わが心のボルチモア」と同じくツタヤの「発掘良品」シリーズの中の1本。
赤色のくりかえされるイメージが美しく、スパイスにもなっている。
また、ベネチアのかきかたがいい! きれいすぎず、汚すぎず、不気味に、かつ儚く絶妙のポイントで描写していく。こんなかんじで大阪を撮ったらどうなるのだろう。それでもやっぱりブラックレインみたいになってしまうのだろうか。
恐怖や回想の描写も当時としては適度に実験的で、いま見ても過剰にかんじることはない。
なによりそれらを総合的にまとめあげている耽美的な溢れ出すイメージがどんどん先行して、むしろ物語がそのあとを追うような状態である。

だからそこがこの映画の「モダニズム」でないところなのだ。
イメージ、それを仮にここで「表層」と呼ぶとすると、サリバンの言う「ファンクション」があとからその表層に見合うだけの物語を連れてこようとする。
この監督はきっと天才なのだ。溢れるイメージや色彩、こうすればこの画が撮れるというアイデアが溢れんばかりに湧き出していたのではないだろうか。教会の壁画修理の足場から落下するシーンもでさえ、制作者の非凡なこだわりが感じられる。
それほどイメージ、表層に天才的な実力をみせたからこそ、その天才に見合う機能の部分が弱くみえてしまうのだ。
モダニズムになれた現在の観客は、「どうして?」「なにが?」「あれはだれ?」と徹底的な説明をもとめる。美しい表層がそこにあるなら、その内部にその表層を美しく決定した根本原因がきっちりと存在していなければ気が済まない。その原因を表現する説明責任が、必ずラストで果たされると思い込んでいる。
だからこの映画を見終わって消化不良の観客もおおかったろう。狐につままれた感覚になった人もいたのではないだろうか。
モダニズムという大前提の上で、映画も「表層は機能に従う」ことが絶対であるなら、この映画はカスである。あんなオチは子供騙しのB級ホラーだ。デコメの「デコ」でしかない。
しかし、もし仮にモダニズムの習慣をいったん解除して考えられるなら、赤い影と、ベネチアの暗い街並みと、夫婦の長すぎるセックスシーンと、修復される教会のモザイクタイルと、盲目の霊媒師の見事な目の色がおりなす不気味で美しいイメージの抑揚を、ぞんぶんに楽しむことができるだろう。
ちなみにボクは、モダニズム信奉の呪縛を完全に解くことはできなかったので、最後まで「美しいが、もしかするとカスかも」と思いながら見てしまった。もっと精進したいと思う。


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