食べ物と本 『インドカレー伝』他
貪食は七つの大罪のひとつで、ダンテの『神曲』では地獄界第三圏において地獄の番犬ケルベロスにかみ殺される罪として書かれている。
深い森に迷い込んだ果てに、古代ギリシャの詩人ウェルギリウスに導かれ地獄界と煉獄界に入ったダンテは、そこで13世紀の教皇マルティヌス四世が断食により自らの罪を清めようとしてる姿を発見する。
東ローマ帝国の征服を画策するフランス王族に味方し、「シチリアの晩祷事件」では島民全員を破門するなど、マルティヌス四世はシチリア王シャルル・ダンジューの傀儡とも言える教皇であった。しかし、彼が煉獄で断食をしなければならなくなったのはそういう罪によってではない。マルティヌス四世は白ワインにつけたウナギのあぶり焼きが大好物で、毎日食べていた、まさにその貪食によって煉獄に落とされたのだ。
もちろん、教皇を煉獄に落としたのはダンテである。当時イタリアは教皇派と皇帝派との政争の最中であり、その政争に敗れた政治家でもあったダンテが、失意の中で数々の個人的なうらみつらみを『神曲』に託したともいわれている。その中のひとりが教皇マルティヌス四世であったのだ。
ただ、シチリアの晩祷事件により煉獄に落ちるというのは、恨みによる描写だとしてもあまりに生々しく、また評価の定まらない事件では東ローマ帝国に反対する勢力には通じない罪名になってしまう。だれもが理解でき、なっとくできる罪名として、ダンテは当時でも高級食材であったウナギを引き合いに出した。それほど、ものを食べる姿や食に対してどん欲な姿は人の嫌悪を呼びやすいのだ。
だからか、本と食の相性はそれほどよくない。グルメガイドやレシピ本はおおくあっても、活字としてじっくり読める本は意外と少ない。
少ない中でも、食をテーマにした本をあつめてみた。偶然というか、食と旅行はなぜかセットになるようだ。
『食の世界地図』 21世紀研究会編
上記のウナギの話はこの『食の世界地図』にも書かれている。ウナギの稚魚はシラスウナギである。春になると西ヨーロッパの海岸に近づくシラスウナギは、すべてバミューダ諸島付近のサルガッソー海で産したものだそうだ。また、アリストテレスはいくら調べても生殖器が発見できなかったので、ウナギは大地のはらわたから生まれるのではないかと大まじめに考えたそうだ。
といった食にまつわる蘊蓄が、ウナギだけでなくほぼすべての食材に対してかかれている。グルメガイドで店を勉強するより、この本で仕込んだ蘊蓄を語る方が女性にもてる近道だ。
『全アジアを喰らう』 伊藤武著
ラオスに行った時、納豆を食べたことがある。日本の納豆とは違って、平たく円盤状に延ばして乾燥させたそれは、納豆というよりせんべいのような外観だった。しかし味は納豆のそれであり、あの独特の臭みは日本のものと一緒だった。
『全アジアを喰らう』は、数多く旅行をしている人でないとめぐり会えない食文化の話がたくさん書かれている。なかでもヒマラヤ・雲南・日本を結ぶラインに納豆がある話、トレンサップ湖の魚醤、ハーブ料理の歴史、麹と保存食、といった内容はアジアへのあこがれと重なって楽しく読める。
『インドカレー伝』 リジー・コリンガム著
単行本で350ページ近くある読み応えバッチリの、イギリス人著者によるカレー文化史である。要約するとインドにカレーなるものが発祥したのには、歴史的にみてふたつの大きな契機があった。ひとつはポルトガルによるインド航路の発見、もうひとつはムガル帝国皇帝バーブルが北方からインドを侵略したことである。それにより、カレーは今の姿になり、東インド会社を通してイギリスから世界に広まった。
カレー文化史ではあるが、インドの歴史書としても読むことができる。歴史の中に食の文化がちりばめられている。カレーを語るならぜひ読んでおきたい本である。
深い森に迷い込んだ果てに、古代ギリシャの詩人ウェルギリウスに導かれ地獄界と煉獄界に入ったダンテは、そこで13世紀の教皇マルティヌス四世が断食により自らの罪を清めようとしてる姿を発見する。
東ローマ帝国の征服を画策するフランス王族に味方し、「シチリアの晩祷事件」では島民全員を破門するなど、マルティヌス四世はシチリア王シャルル・ダンジューの傀儡とも言える教皇であった。しかし、彼が煉獄で断食をしなければならなくなったのはそういう罪によってではない。マルティヌス四世は白ワインにつけたウナギのあぶり焼きが大好物で、毎日食べていた、まさにその貪食によって煉獄に落とされたのだ。
もちろん、教皇を煉獄に落としたのはダンテである。当時イタリアは教皇派と皇帝派との政争の最中であり、その政争に敗れた政治家でもあったダンテが、失意の中で数々の個人的なうらみつらみを『神曲』に託したともいわれている。その中のひとりが教皇マルティヌス四世であったのだ。
ただ、シチリアの晩祷事件により煉獄に落ちるというのは、恨みによる描写だとしてもあまりに生々しく、また評価の定まらない事件では東ローマ帝国に反対する勢力には通じない罪名になってしまう。だれもが理解でき、なっとくできる罪名として、ダンテは当時でも高級食材であったウナギを引き合いに出した。それほど、ものを食べる姿や食に対してどん欲な姿は人の嫌悪を呼びやすいのだ。
だからか、本と食の相性はそれほどよくない。グルメガイドやレシピ本はおおくあっても、活字としてじっくり読める本は意外と少ない。
少ない中でも、食をテーマにした本をあつめてみた。偶然というか、食と旅行はなぜかセットになるようだ。
『食の世界地図』 21世紀研究会編
上記のウナギの話はこの『食の世界地図』にも書かれている。ウナギの稚魚はシラスウナギである。春になると西ヨーロッパの海岸に近づくシラスウナギは、すべてバミューダ諸島付近のサルガッソー海で産したものだそうだ。また、アリストテレスはいくら調べても生殖器が発見できなかったので、ウナギは大地のはらわたから生まれるのではないかと大まじめに考えたそうだ。
といった食にまつわる蘊蓄が、ウナギだけでなくほぼすべての食材に対してかかれている。グルメガイドで店を勉強するより、この本で仕込んだ蘊蓄を語る方が女性にもてる近道だ。
『全アジアを喰らう』 伊藤武著
ラオスに行った時、納豆を食べたことがある。日本の納豆とは違って、平たく円盤状に延ばして乾燥させたそれは、納豆というよりせんべいのような外観だった。しかし味は納豆のそれであり、あの独特の臭みは日本のものと一緒だった。
『全アジアを喰らう』は、数多く旅行をしている人でないとめぐり会えない食文化の話がたくさん書かれている。なかでもヒマラヤ・雲南・日本を結ぶラインに納豆がある話、トレンサップ湖の魚醤、ハーブ料理の歴史、麹と保存食、といった内容はアジアへのあこがれと重なって楽しく読める。
『インドカレー伝』 リジー・コリンガム著
単行本で350ページ近くある読み応えバッチリの、イギリス人著者によるカレー文化史である。要約するとインドにカレーなるものが発祥したのには、歴史的にみてふたつの大きな契機があった。ひとつはポルトガルによるインド航路の発見、もうひとつはムガル帝国皇帝バーブルが北方からインドを侵略したことである。それにより、カレーは今の姿になり、東インド会社を通してイギリスから世界に広まった。
カレー文化史ではあるが、インドの歴史書としても読むことができる。歴史の中に食の文化がちりばめられている。カレーを語るならぜひ読んでおきたい本である。