作家をボイコットするものは、最後には焚書をするだろう。 ギュンター・グラス『玉ねぎの皮をむきながら』


『ブリキの太鼓』などでノーベル文学賞を受賞したギュンター・グラスが、ドイツの「南ドイツ新聞」において『言うべき事』という散文詩を発表した。そのなかでグラスは、多くの核ミサイルを保有し(全米科学者連盟のハンス・クリステンセンによれば80機だと推定される)、NPT核不拡散条約加盟に拒否しているイスラエルが、世界平和において脅威であると語っている。
イスラエルはこの詩への対抗として、ギュンター・グラスを「ペルソナノングラータ(好ましからぬ人物)」として入国禁止処置にしたそうである。(ロイター 4/9)
その国家にとって「好ましからぬ」人物であれば入国をボイコットできるという法の行使を、ひとつの国家にとっての「権利」と呼んでいいのだろうか。グラスはイスラエル人の生命や財産を脅かす犯罪者ではないし、ホロコーストを肯定しているわけでも、イランのスパイというわけでもないだろう。世界平和にとってイスラエルの核が問題なっている、と発言しただけである。れっきとした国家が、たったひとつの「詩」への対抗として入国禁止処置をとるというのは、国家主義、ひいては全体主義なのではないか。それならば、自国民がグラスとおなじ発言をすれば、イスラエルはその人物を国外追放しなければならないのではないか。そうであるなら、イスラエルに言論の自由は存在しないことになるのではないか。
イスラエルの作家ヨラム・カニュクはこのことを、

作家をボイコットするものは、最後には焚書をするだろう

と表現している。(独ZEIT ONLINE)
ナチスによる焚書の目的は「非ドイツ的な文学を消滅させ、ドイツ文学を純化させること」であった。おなじ思想のものだけを保護し、異分子を排除するというのである。
イスラエルはナチスによって燃やされたシオニズムの書物の復讐を、60年前にナチス親衛隊であった過去をもつこの84才の作家に対して行おうとしているのだろうか。
ドイツの詩人ハインリヒ・ハイネは19世紀においてすでにこう予言している。

本を焼くものは、いずれ人間をも焼くだろう

イスラエルが核をもつことは非常に危険である。それはNPT不参加という事実よりも、イスラエルには「人間を焼く」道に行きかねない危うさがあるからである。

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