『世界イディッシュ短篇選』西 成彦 編 書評


13作どれも非常におもしろかったが、ショレム・アレイヘムとバシェヴィス・ジンゲル以外はすべてはじめて読む作家であった。特におもしろかったのは、デル・ニステル「塀のそばで」とジンゲルの「カフェテリア」の2作。

「塀のそばで」は、国書刊行会の『世界幻想文学大系』に今からでも入れるべきほど良くできた幻想譚。幻覚とサーカスと裁判と内省とくればカフカだが、カフカにはない場面転換の早さと多さが楽しかった。
前半通して言えるが、そこはかとない幻想的な雰囲気と悲哀感と微妙な不調和、これはあれだ、ハンス・ヘニー・ヤーンの短編などが好きな人には完全におすすめ。
この本がもつその幻想的な雰囲気は、地下深くにすむ悪魔母子の受難を自虐的かつコミカルに描いたジンゲルの「シーダとクジーバ」まで続く。

その雰囲気が、同じジンゲルの「カフェテリア」で一挙に20世紀ニューヨークのカフェテリアという現実の場面に引き戻される。
明らかにジンゲル本人と思われる主人公は、カフェテリアでエステルという謎めいた女と知り合う。エステルの父はソ連の収容所で両足切断の凍傷を負い、エステル自身もドイツの収容所を経験している。
男女の関係にならぬまま、お気に入りのカフェテリアの焼失などの理由でその後エステルとは疎遠となるのだが、数年後に偶然再会したエステルは、カフェテリア焼失に関する彼女のおどろくべき記憶を主人公に語る。
ホロコースト以降の離散したユダヤ人たちの日常など、知る機会のない世界が垣間見える。ニューヨークでもあり、イディッシュ世界でもある二重性と、ホロコースト後のユダヤ人の世界が、エッセイとも思える軽い語り口で淡々と描写される。
ホロコーストのことなど書くつもりじゃなかった。ヒトラーの名前などまじめに取り上げるつもりもなかった。ニューヨークのカフェテリアに集うミニ・ユダヤ人社会での気楽な出来事を描写するエッセイにするつもりだった。
なのに、エステルの美貌の中に、ホロコーストよって快復できない傷を負った世界の姿が見えてしまった。それをエステルだけの問題にしてしまうこともできたし、かつてはそうしようと思っていた。しかし、その試みはどちらも失敗し、そして最終的にこの短編ができあがった。そんな作品成立の想像が許される、メタテクストに誘い込むちからをもった短編であった。



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